PROJECT
挑戦する職員たち

EPISODE スーパーグローバル大学採択
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第二の開学、APUの将来像を描く

大学の国際競争力を高めるため、文部科学省が肝入りで推進する「スーパーグローバル大学創成支援(SGU)」事業に採択された立命館アジア太平洋大学(APU)。“国のお墨付き”を勝ち取ったその背景には開学から積み上げてきた数々の実績、そして未来への危機感があった。SGUの申請に携わったメンバーにそれぞれの想いと未来のAPU像を聞いた。


2030年の日本がどうなっているか、世界がどうなっているか。
そこから、次なるAPUのプロジェクトが動き出した。

O.N
SGUを語るにはまず、2015年から20年までの「中期計画」、そして2030年を見据えた「APUビジョン2030」について触れねばなりません。今から約2年前の2013年、APUでは次期「中期計画」を策定する準備が始まりました。
I.S
そうでしたね。まず学長のもとにワーキンググループが設けられ、「中期計画」の青写真をつくるべく各部署から私たちを含む7人の職員が集められました。そこで当時の事務局長から「世界の大学と渡り合わねばならないAPUには様々な脅威がある。長期的な展望に立った、エッジの立ったものを考えてもらいたい」という話が出たんですよね。
O.N
当時APUはグローバル化先進大学として他大学や企業、政府などからの評価が急上昇していました。しかし、目下の私たちは10年、20年後も今の状態が続くのか、大学の将来像はこのままの延長線上でよいのか、確証のない未来を考える時期を迎えていました。
O.Y
普段の仕事でも、海外出身の先生からその国の高等教育事情を聞いたり、国際会議で世界の先進的な大学とディスカッションをしたりする機会がたくさんあります。その度に現状に甘んじてはいけないと痛感するんです。APUをどう「国際標準」に近づけるか、議論を深めるうちに「2030年の世界の姿」という長期的な視座が生まれました。
O.N
最終的に「中期計画」も「APUビジョン2030」も、是永学長の強力なリーダーシップのもと策定されます。その過程では教員、職員の度重なる議論があり、また国内外で活躍する卒業生たち、APUに熱い思いを持ってくださる多くのステークホルダーの知恵も盛り込まれていきます。
I.S
職員の話でいえば、7人のワーキングでは半年程かけて様々な調査やディスカッションを行い、学内外の意見を聞く場を設けました。テーマには20年後の世界のモビリティや教育の姿といった未来予想や、優秀な学生向けの「オナーズプログラム」など教育システムの先進例、「アフリカ戦略」なんていうものもありましたね。
O.Y
「APUは20年後存続しているか」なんて話題も(笑)みんな業務とは別枠で、主体的に参加していました。メンバー各々のネットワークを活用して積極的に学外でヒアリングもしました。それに大きかったのは教員の方々。うちは教員の半数が外国籍で、色んな世界を知っています。APUの環境の素晴らしさを改めて思いました。

「グローバルラーニング」
「4つの100」
SGUのキーワードは学内の叡智から導きだされた

O.N
奇しくもSGUの申請は「中期計画」の策定と時期を同じくしていました。20年後の社会を見据えて「中期計画」として考えたことが、SGUの構想内容に繋がっていったわけです。
I.S
毎年年初に学長から訓辞があるのですが「SGUは国際化を牽引する大学にとって必須課題。いわば“国家認証”であり、APUこそ絶対に採らねばならない」とあったのです。申請にあたっては「中期計画」に関わってきた職員が、学長やアドバイザー教員のもとでチームを組む、ということになり、上司2人と私たち3人の計5人がメンバーとなりました。もう相当なプレッシャーでした。
O.N
中期計画の議論があったので、申請書づくりにはスムーズに入れるかなと思っていましたが、とんでもなかった。コンセプトづくりは当初だいぶ迷走しました。コンセプトは審査上の最重要ポイント。様々なアイデアをシュリンクしないように、解りやすくイメージ図にまとめていく作業です。会議室にこもって何日も頭を抱えました。
I.S
開学からこれまでの到達点を挙げれば本当にキリがなかった。日本一のグローバル環境といえるものを築き上げてきていますから。その一方で、それを超えていくAPUの将来像を描くことは大変な産みの苦しみを伴うチャレンジでした。
O.Y
私は教育カリキュラムの部分を担当しました。10年、20年後の社会を想像しながらこういう大学でありたいとう想いはどんどん膨らむ。例えば卒業時の日本人学生の英語力をここまで高めたい、とか。ただ膨らみすぎて、出来もしないことを申請書に書く訳にはいかない。現状を的確に分析し、チャレンジングかつ現実離れしない数値目標を試算し、落とし込む。様々な目標値とその裏付けを先生方と一緒に考えました。
O.N
ここでも、APUの環境に救われました。多様な先生方や他部署の職員に色んな知恵を出してもらいました。APUの最大の強みである多文化環境をまだまだ活かしきれていないことや、世界中に広がる卒業生のネットワークというAPUにしかない財産の存在。そしてその中から「比類無いグローバル・ラーニング」や「4つの100」というキーワードが生まれたのです。
I.S
他の大学は「SGUで国際化を進めます」という主張が多いはず。たとえば、外国人教員を増やすとか、英語の授業を増やすといったものです。APUは既に国内ではトップレベルで実現している、その上で「国際標準」や類を見ない学びの環境の実現をめざし、世界のリーディング大学と伍して、最終的には「世界ナンバーワンのグローバル・ラーニング大学」になる。構想タイトルに「新しい地平を目指す」とつけたのはAPUの先進性と眼差しの先の違いを強調したかったからです。

第二の開学。
そして、「世界を変える人材」を育てる。

O.Y
APUの挑戦はこれから。採択されて少し落ち着いたら、これって終わりじゃない、「始まり」だよねって(笑)ここからは申請書に掲げたことを実現していかなきゃならない。今、SGUの目標達成に向けて6つのタスクフォースを設けて、部署を越えて教職員が集まっています。仕事中の何気ない会話にも根底に “共通言語”としてSGU構想が存在していると実感します。
O.N
開学以降、APUの将来像についてここまで多くの時間をかけ、多くの人たちを巻き込んだ議論を行ったのは初めてのこと。これからはAPUで学んだ学生がどのように成長していくのか。人材育成像をしっかりと共有し、教員と職員が一丸となって教育に落とし込んでいかないといけません。大学の営みすべてが大きく変わっていくと思います
O.Y
今のAPUを表す言葉に「第二の開学」があります。時代の変化に柔軟に対応して世の中に求められる大学であり続けるためには常に節目を意識して、10年、20年先の議論をしていかなくてはならない。そう考えるとAPUを創るときの構想力と実行力は計り知れない・・・そう改めて感じさせられましたし、今回このような仕事を任せていただけたことは凄く貴重な経験でした。
I.S
私にとってもしびれるような期間でした。大学はこれからもどんどん変化していく。私たちは世界を変えるような人を本気で育てたいと思っているんです。私たちは、APU2030ビジョンで訴えているとおり「APUで学んだ人たちが世界を変える」ことを望んでいます。世界を変えるというのは、たった一人で大きな変革を大きなフィールドでやってのけるだけでなく、他者と協働し、対話を軸に対立を乗り越え、社会に影響を与えることができるという草の根レベルの変革も意味します。
O.N
これは私たち職員にも言えることなんですよね。世界を変える人を育てたいと思うなら、まず、自分も世界を変えられるんだと思うぐらいでないと。だから、学生と向き合って、どう育ってほしいのかという想いを根底に持って自分の仕事と向き合える人はこの仕事には向いているのかなと思いますね。

取材日 2016年1月15日
※プロフィールは当時のものです。

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