WORK STYLE
わたしたちの働き方

「学内副業制度」の導入。多様な知を組み合わせ、価値を創造していく。
[228_recruit-staff] img workstyle1-1
立命館大学では、2024年1月から「学内副業制度」を試行的にスタートしました。
これは、多様な人材と協働して課題解決や価値創造を推進しうる総合力を養うために、各々の業務基盤を持ちながらも、人事異動を行うことなく、プロジェクト単位で他部署の業務も担う取り組みです。
[制度について]
目的
所属部課業務以外で職員が持つ力量を活かし伸ばすことや、幅広い業務を経験することで自律的なキャリア形成を支援するとともに、多様な力量を持った職員の活用や人材の発掘、多様な人材の協働による価値創造にもつなげる
従事割合
業務時間の2割以内とし、8割以上は所属部課の業務を行う
対象
管理職以外の専任職員
期間
3ヵ月以上1年以内として予め設定
募集方法
募集する部課が定める募集要項に対し、職員個々が応募する「手上げ型」
選考
応募書面を基本に、募集部課および人事部の管理職複数名により選考

[ポイント]
・部署の垣根を越えた、課題解決のための仕組みづくりに一歩踏み出せた。
・他部署で新たな視点に触れ、視座が上がった。
・所属部署の理解や協力があるからこそ、副業が実現し、相乗効果が生まれた。

Case 1

[228_recruit-staff] img workstyle1-4

H.Mさん
所属部課:教学部 教学推進課
副業先:APU キャリア・オフィス(現:スチューデント・オフィス(アドバイジング・キャリアチーム))
実施期間:5ヵ月

※プロフィールは取材当時のものです。

学内副業制度への応募理由を教えてください。

 副業先は、APUキャリア・オフィスで、業務は「学生の進路実績データの分析に基づいた業務拡大に向けた企画・提案」でした。その詳細はともかく、APUに貢献したいという思いが強かったというのが本音です。
 ここには、私が職員に転職した理由にも関係しています。立命館学園に転職したのは、学生に対するキャリア教育プログラムを作りたいと考えたからです。私は、立命館大学経済学部(ファイナンスインスティテュート)を卒業しました。就職先は、総合人材サービス会社です。約7年間、キャリアカウンセラーとして転職希望者のサポートや中途採用を進める企業へのコンサルティング、ジョブカフェなど公共施設の運営などを担当して、2009年12月に立命館学園に転職してきました。
 学生のキャリア支援に興味を持ったきっかけは、新卒入社後3年以内に転職する方々を支援する中で、早期退職者には共通点があることに気づいたからです。それは、学生時代にキャリアについて深く考えていなかったり、正しいプロセスを踏んだ就職活動をしていなかったりすることでした。実は、前職在職中にも立命館OBのキャリアアドバイザーとしてキャリアセンターの企画を手伝ったり、同級生の仲間とNPO法人を立ち上げたりして、「二足の草鞋」を履いていました。ですが、それならいっそ、立命館学園の職員として直接学生と向き合った方が学生のためになるのでは…。そう思ったのが転職のキッカケです。

 転職後は、東京キャンパスでの就職活動拠点の整備や学部生のキャリア支援に携わり、その後、さまざまな部署を経験しました。そんな中、2017年から2019年の3年間は、APUのキャリア・オフィスで勤務していました。日本でも有数の外国人留学生比率を誇る「小さな地球」のようなキャンパスで、成長著しいアジアにふさわしいグローバルマインドと国際性を育む。APUのその理念やビジョンに共感していました。ずっとAPUで働きたいという思いもあったのですが、単身赴任が長く続く中、家庭の事情もあって3年間で帰任せざるを得ませんでした。
 立命館大学(以下、RU)に戻ってからは、大学院進学や大学院生のキャリアパス支援を学び、学部から大学院まで一貫したキャリア支援業務に関わりました。その経験を持って、APUチャレンジ・デザイン2030の後半期に向けた布石づくりに貢献したい、APUに恩返しをしたいと考えるようになったんです。
 応募のタイミングは、決していいものではありませんでした。実は、二人目の子どもの育児休業を9カ月取り、職場復帰した直後でした。しかも自身が大学院に通っていることもあって時間的な制約も大きく、所属部署の皆さんからも多くの協力をいただいていました。そのうえさらに今度は学内副業もとなると、正直、応募には戸惑いました。
 こうした自分の状況を客観的に見た時、「やらない理由」はたくさんありました。ですがそれでも、「できない理由」を見つけられなかったんです。ならばダメもとで…と、応募することにしました。
 私も40歳代半ばの中堅以上の職員になりました。学生のキャリア支援や大学院進学支援に関しては、それなりの知識と経験を持っているつもりです。しかし、それはまだ目に見える制度やシステムとして昇華しきれていません。今回の副業を経験することで、形になっていないものを具体化させたかった。結果として、それが私のキャリアにつながればいいと考えたのです。今回の副業への応募も、自分自身のキャリアやスキルを云々というよりも、職員生活を通して学んだことを学生のために一つでも形として還元したいという考えからでした。

副業を経験して感じた仕事の面白さを教えてください。

 やりたかった仕事は一通りチャレンジできたと思います。なかでも、学生の大学院進学支援に関しては、これまでの自分の経験や知識を活かすことができ、今後の支援のあり方の一つを提案できたと思っています。
 大学院進学希望者の割合は、外国人留学生が多いこともあって、実はAPUの方がRU(文系学部のみ)よりも多いのです。しかし、体制的な課題があり、仕組み化・システム化は難しい状況にありました。
 そこで、APUのスタッフと共同で大学院進学に関する勉強会を開いたり、オンラインではありましたが相談に来る学生の面談にも同席したり。お互いの知識と意識を高め合いながら、学生支援の新たな仕組みづくりに向けた一歩が踏み出せたと思います。
 学内副業期間の最後には、APUにおける過去5年間の大学院進学者の実績データをもとに、進学している国や専門分野、国内大学院の傾向などを明らかにするとともに、今回の経験を機に、大学院進学希望者に対する支援をRUと共同した体制づくりを提案しました。

副業経験で得られた成果を今後どのように活かしていきたいですか。

 いま、副業を終えて一番感じている成果は、ありきたりの言葉にはなりますが、「学園内を見渡す視野が広がった」ことです。これまでは、所属部署、あるいはRUならRU内の関連部署だけを見ていました。今回、あらためてAPUに関わり、学園の見え方が一気に拡がりました。たしかにRUとAPUは別組織ですが、それは組織人の目で見た理屈です。RUであれAPUであれ、そこで学ぶ学生たちは同じようなことで悩み、苦しんでいます。
 たとえば、キャリアセンターにとって大学院進学は重要テーマではあるものの、就職希望者が大半を占めるため、多くのエフォートがそちらに割かれてしまいます。その結果、必然的に大学院進学を専門に担当できる職員は限られ、APUでは実際に1人のみが担当していました。そうすると担当者が業務を一手に抱え込むことになり、学生が相談の機会を失うケースや、持続可能な支援策の立案や運用が難しくなる場合もあります。では、それを防ぐにはどうすればよいのでしょうか?
 RUとAPUがタスクフォース的にスタッフを集めて対応できれば、マス向けの支援は共同で、個別の学生への対応は各大学で実施するなど、学園全体のリソースを有効活用した学生支援が実現できるかもしれません。さらに言えば、副業という形をとらなくとも、課長権限のもとで組織間の協業やタスクフォースを柔軟に運用できるようになれば、より効果的な支援体制が構築できると考えています。

Case 2

[228_recruit-staff] img workstyle1-5

所属部課:国際部 国際課(BKC)
副業先:総合企画部 起業・事業化推進課
実施期間:8ヵ月

※プロフィールは取材当時のものです。

学内副業制度への応募理由を教えてください。

 副業先は、総合企画部起業・事業化推進課です。この課の業務には「アントレプレナーシップ教育プログラム」と「研究シーズの社会実装のコーディネート」の二つがあり、私は前者の「アントレプレナーシップ教育プログラム」づくりを担当しました。
 数年前に、働きながら大学院にも通いました。平日は普通に働き、週末は大学院へ。しかも翌週の授業に向けてまとめないといけないレポートはいっぱい。なかなかハードなスケジュールで、科目履修期間を含めると修了までに4年間もかかっちゃいましたけど(笑)。
 子どもが生まれて育児休暇を取り、職場復帰してからこの春でちょうど2年が過ぎました。組織に求められていた業務改善や効率化も一定の目途がたちました。育児や家事との両立を図りながらの業務にも慣れてきたところでした。
育休中には人生100年時代について考えることがありました。より豊かに生きるためには、いろんな経験を積んで引き出しを増やしていくことが大切だと思いました。大変な思いをしながら4年間学んだ社会人大学院での経験もいつかどこかでは活かしてみたい。かといって、学外で副業するのは、育児や家事と両立しながらではおよそ無理。
 そう思っていた矢先です。学内で人事異動はせずに、副業としてそうした仕事を経験できる制度ができると知りました。迷わず手をあげました。業務での信頼関係を築いてきた周囲のメンバーも、決断の背中を押してくれました。
 国際課も希望して異動した部署ですから、特に不満や不足感があったわけではありません。しかし、業務改善や効率化にエネルギーを注いできたこともあって、それとは異なる新しいことを生み出す視点やマインドも養いたいとは思っていました。

副業を経験して感じた仕事の面白さを教えてください。

 実際に経験してみると、同じ学園内とは思えないほど、部署や組織によって仕事の進め方やマネジメントスタイルが違うということを、今回の副業を経験して初めて気づきました。
 これまで私は、現在の国際課をはじめ、キャリアセンターや事務室を経験してきました。たとえば国際課には一定数の職員がいて、意思決定の仕方、業務分掌や責任の所在も整然とフォーマット化されています。一方の副業先はアントレプレナーシップ教育プログラムを担当するのは私を含めて3人と人数も少なく、組織もフラット。どこまでは自分で判断してよいのか、確認して進めるべきは何か。多くの場合、機を逃さずに自分で判断・決定せねばならないのですが、当初はそのスピード感と権限・裁量の範囲に戸惑いました。
 また、業務の性質上、プロジェクトベースで仕事が進むことが多く、手探りで進めることばかり。また、内部職員よりも外部の方々とのコミュニケーション量が多くなります。そこには、学園内の職員同士なら通じる「暗黙の了解」などなく、何のために何をいつまでに誰がするのか、これらすべてを言語化することが欠かせません。「答えあわせをする仕事」ではなく、あらゆる場面が「自分たちで答えを生み出す仕事」なのです。これこそプロジェクトベースでの仕事の進め方に求められる大切な力なのだと感じました。

 国際課では、主に奨学金の運用を担当しています。仕事を進める際には、どれだけ公平かつ効率的に配布することができるか? いかにオペレーションをシンプル化できるか? といった視点、言い換えれば「マイナスを減らす」ことを大切にしてきました。その仕事の進め方が慣性化していたのかもしれません。当初、副業先でも、知らず知らずのうちに染みついたそのマインドでプロジェクトに取り組んでいましたが、なかなかうまくいかないんです。
 副業先のプロジェクトでは、「マイナスを減らす発想=効率を優先する」ことよりも、「プラスを生む発想=新しい価値をつくる」ことが選択の基準でした。「そもそもこのプロジェクトの目的は何か?」「それは誰に対してどんな価値を持つか?」「そのためにこのプロジェクトをもっと魅力的ものにするには?」という視点が優先されるのです。何かを創造・開発していくプロセスの中では、こうした視点や考え方が必要なのだと、あらためて勉強になりました。そうした視点に立った時、国際課でももっと違った切り口から学生支援サービスを提供できるかもしれないという着想も得ました。

副業経験で得られた成果を今後どのように活かしていきたいですか。

 私は、立命館学園に転職して以降、ずっと学生支援の現場にいました。その中では、担当業務を通じて、業務を標準化したりや効率化したりするノウハウとスキルは得ることができました。しかし、今回の副業では、それとはまったく異なる新しい価値を生み出すための視点が得られました。それが最大の成果です。
 同時に、アントレプレナーシップを扱う部署らしく、学生支援の現場とは異なる経営視点(ファンドの運用、外部資金の獲得と運用、インパクトメーカーとなる人材輩出の考え方など)にも触れることができました。以前と比べると「視座があがった」と実感しています
 今回、「+Rな人」に取り上げられているような優秀な学生と直接関わる機会もたくさんありました。たとえば、「+Rな人」には、秀でた研究シーズやビジネスアイデアを持っていずれは起業しようと考える学生が登場します。また、副業を通じて、起業と外国人留学生の親和性が高いことがわかりました。現在、国際課では基盤的な支援を中心に行っていますが、創発性人材育成の観点から、「外国人留学生」×「アントレプレナーシップ」の支援が何かできないか?そんなことを考えています。また、「留学」と「イノベーション」を掛け合わせた成長型の奨学金も検討していきたいです。
 本業で取り組んでいる学生支援改革プロジェクト(キャリアセンター・学生オフィス・国際部からタスクフォースごとに人をだして約半年かけてテーマごとのアウトプットをする取り組み)も動き出しています。ここでは、いかに短期間にプロジェクトにコミットするか?よいチームを作れるか?という意識をもって活動できています。

他の記事も読む

・現地に飛び込む越境経験が、グローバル化を先導するための力量を形成する。
・1年間の産休・育休を経て、イキイキと働くスタイルを模索。

◀一覧に戻る